大学院卒業後に、青年海外協力隊の「野菜栽培」隊員としてパナマへ!(宮﨑大輔さん)

大きな葉っぱ。
村のおじさんが仕留めた鹿の皮と角。

 

■気になる青年海外協力隊の1日は、どんなスケジュール?

 

–スペイン語の話に行く前に、1日の生活についても知りたいので、まずはそちらを先にお願いします!

 

1日の過ごし方は基本的には

7:30〜15:30:仕事
15:30〜:自由時間

という感じでした。

8:30-16:30の時とかもあります。

 

–就業時間はそこまで長くはないんですね。

はい、「農牧省(のうぼくしょう)」という政府機関に派遣されていたのですが、事務所に行くパターンだとこんな感じで、就業時間はそんなに長くはなかったです。

ただ、農村を回って実際に野菜の作り方とかを教えている時は、こんなにきっちりしていなくて、かなりバラバラでした。

 

–任務というか、宮﨑さんの仕事の目的自体は何だったのですか?

派遣先の事務所。派遣先の農牧省事務所。

 

僕が担当していたプロジェクトは、「栄養改善プロジェクト」と呼ばれるものでした。

このプロジェクトは「農業」「栄養」「衛生」を改善するという三本柱のプロジェクトでしたので、他にも「栄養士の隊員」や、プロジェクト全体を支援する「コミュニティ開発」と呼ばれる隊員もいました。

ただ、実際は移動などの問題で、「隊員が連携して行なう」というよりは、僕の場合は「自分の村で、栄養指導も衛生指導も全部やる」という感じになってしまってました(笑)。

 

–村人の栄養状況を改善するのですか?

はい、僕は派遣された地域は「カニャーサス郡」という所だったんですけど、そこは1日2食しか食べられなかったり、食べる物も「バナナ、芋、米」などばかりであまりビタミンが取れる状況じゃなかったんですよ。

ですので、「子どもの栄養失調」のような事が起こっていたんです。端的に言うと僕らのプロジェクトはそういう状況を改善しにいくものでした。

 

–なるほど!ちなみに事務所の仕事はスペイン語?

実際に宮崎さんが作られたスペイン語の資料。実際に宮崎さんが作られたスペイン語の資料。

 

はい、スペイン語でした。

例えば、「村人に野菜の作り方について教えるとき用の資料」を作ったり、「アンケートの調査をしたまとめ」を作ったりしていたのですが、村人はもちろん、事務所にも誰も英語をしゃべれる人がいなかったので。

 

–大変な環境ですね。。もともとスペイン語はできたのですか?

いや、派遣される前はゼロでした。

協力隊だと、派遣前に日本で「駒ヶ根(こまがね)」もしくは「二本松」という所で2ヶ月ほど訓練があるんですけど、そこでは「自己紹介やあいさつ、基礎文法くらいのスペイン語」を学んで出発という感じでした。

 

–あいさつ程度でいきなり仕事に??

ホームステイ先の家。語学訓練中のホームステイ先の家。最初はホストマザーとけんかもして大変だったそうですが、最後は本当の息子のようにかわいがってくれたそうです。

 

いえ、一応、現地で1ヶ月ほど「語学訓練」という感じで、スペイン語の授業とホームステイがあります。ですので、すぐに任地の村に行くというわけではありませんでした。

 

–なるほど!やはりスペイン語がある程度できるようになってから仕事なのですね。

はい、形式上はそうなのですが、実はそうでもなくて。。

 

–というと?

他の人は、慣れない土地で生活環境を整えながらの学習ですと、1ヶ月そこらでそこまで完璧にできるものでもありませんので(汗)。

ですので、村に最初に行った時もあいさつや自己紹介程度のスペイン語レベルでした。

 

–えっ、村では仕事するわけですよね。。

 

→【次ページ3/4】やはり、大苦戦。。でも、村では語学より厚い壁が!?

 

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榎本 晋作
28歳の時にワーキングホリデーでイギリスに。ロンドンでは留学エージェントの立ち上げを経験。在英中に立ち上げた自身のブログは日本ブログ村PV(アクセス)ランキング1位。帰国後『イギリス・ワーホリ留学ガイドブック』を電子書籍にて出版し、Amazon海外留学対策ランキング1位を獲得。高3時点での英語の偏差値は32。(今でも苦手です。)