アデレード留学がきっかけで自分の事が好きになれました。(越智絵理奈さん)

仲良くなった台湾人の友達とバスケの試合観戦に行った時。仲良くなった台湾人の友達とバスケの試合観戦に行った時。

 

■海外では「わからない時は、質問するのが当たり前

 

–留学中は1日どのような過ごし方を?

基本的には、「朝起きて、電車で学校に行って、授業を受け、その後は自由」というのが、基本の生活でした。

授業が午前スタートの日と午後スタートの日があって、午前だと15時頃、午後だと18時くらいに終わってました。

 

–あっ、なんか、日本の大学の時間割と似てますね。

確かにそうだったかもしれません。通っていたのも大学付属の語学学校ですし。

 

–語学学校の授業はレベル分けされていたのですか?

クラスメイトとディスカッションをした時。愛とお金どちらが大切かというテーマだったそうです。クラスメイトとディスカッションをした時。「愛とお金どちらが大切か?」というテーマだったそうです。

 

はい。クラスは英語レベル別に5段階に分かれていて、私は下から2番目のクラスでした。

 

–なるほど、日本の大学で用意されていた留学プログラムという事は、生徒は全員日本人?

いえ、生徒は世界各国から来ていましたよ。大学自体が世界中の学校と提携していましたので。

ヨーロッパ系の人はあまりいなかったのですが、中国人や韓国人、あと、私の時期は、サウジアラビア人が多くてクラスの半分くらいいました。

 

–噂で、サウジアラビア人はお金持ちと聞くのですが。

はい。確かに、私の学校のサウジアラビア人も噂通りで、「お金はありあまっている」という様子でした(笑)。

 

–お金が余ってる、すごいですね。。。ちなみに、英語はあまりできなかったという事だったのですが、授業は大丈夫でしたか?

アデレードの図書館アデレードの図書館。

 

全然大丈夫ではなくて、やはり、最初はすごく苦労しました。。

ただ、語学学校ですので、大きな問題になるほどではありませんでした。先生も聞き取りやすい英語でしゃべってくれましたし。

あと、クラスの中に「わからない時は、質問するのが当たり前」という雰囲気があって、それもすごく大きかったです。

 

–そこは日本との違いでしょうか?

はい。よく、「日本人はわからないけど、そのまま聞き流してしまう」と言われているじゃないですか。

これは、海外の人からすると「なんで質問しないんだろう?」と不思議に思われてしまうらしいんですよ。

 

–絵理奈さんは大丈夫だったのですか?

私のクラスは日本人が少なくて、ちょっと事情が違ったんです。

周りの中国人やサウジアラビア人がどんどん発言して、間違えるし、わからない事はどんどん質問していました。

そんな環境でしたので、私も「分からないときは、ちゃんと分からないって言おう」というスタンスでいけて、すごく助かりました。

 

■オーストラリアなまりなホストマザー。対策は1日3回の○○!

ホストマザーと、その息子とその彼氏ホストマザーのカイリーと、カイリーの彼氏さんと息子さん。

 

–語学学校は優しい英語だったとの事ですが、ホストマザーとの会話は大丈夫でしたか?

最初の2日は本気で死にそうでした。。

 

–えっ、死にそう!?

やはり、本当に英語がわからなくて。。。

 

–でも、日本でもネイティブの授業はあったんですよね。そんなに違うものなのですか?

やはり、日本のは「学校の授業」ですので。教科書のある授業だとある程度は想像できますし。

実際の英語とは、そこが大きく違いました。それにオーストラリア訛(なま)りもあって、「5回聞き直してもわからない」という状態で。。

 

–5回も聞き返すと、普通に気まずくなりそうですね(汗)。

アデレードの都市アデレードの都市部の風景。

 

はい、途中で「これ以上わかんないって言ったら、嫌だろうな。」と感じてしまって。その後は、適当にイエスと答える事しかできませんでした(汗)

そのように、「必死に聞いて、理解しよう」という状態が続くと、夕方くらいに気持ちがどっと疲れてしまいまして。それで最初の2日間はやばかったんです。

 

–2日間という事は、3日目は大丈夫だったのですか?

大丈夫だったというわけではなかったのですが、3日目から語学学校が始まったので、少し違う考え方ができるようになれました。

語学学校が始まると、自分と同じ境遇の日本人の友達に会えるじゃないですか。

 

–やはり、友達は心強い?

ステイ先にいたネコステイ先にいたネコ。

 

はい、やはり最初の2日間がすごく孤独感のようなものが強くて。自分だけ外国人で、言葉も違う環境ですし。

でも、3日目から学校が始まって、みんなが「自分と同じように英語で必死に伝えようとしている」のに気づいて。

それを見ていると、私も落ち込んだ気持ちを立て直していく事ができたんです。「私だけじゃない!」という感じで。

そのおかげで、ホストマザーとの接し方も変えていく事ができるようになれました。

 

–自分と同じ境遇の仲間の存在って大事だったんですね!ちなみに、ホストマザーとの接し方は、どのように変わっていったのですか?

アデレードの図書館の中。アデレードの図書館の中。

 

具体的に言うと「1日に3つの事を伝える」という事を自分に課すようにしました。その日あった事や、何か聞きたい事を英語の文章にして、ママ(ホストマザー)に伝えるという感じです。

もちろん、相変わらず「どうしようどうしよう」という感じだったのですが、「このままじゃいけない!」と思って、「自分の中でルールを作ろう」と思いまして。

 

–なるほど、自分に課題を与えるというのはいいかもですね!効果はいかがでしたか?

はい、これを続けていると少しづつですけど、意思疎通が出来るようになってきました。

というのも、私は発音が苦手だったのですが、ホストマザーがいつも教えてくれるようになってきたんです。「あ、こういう単語言いたいんだったら、もうちょっとこういう風に発音したほうがいいよ」って。

あと、「やはり言葉で通じないなら、行動で伝えるしかないな!」と思って、他にも色々と工夫したりしてました。

 

–それは身振り手振りという事ですか?

アデレードの博物館アデレードの博物館(だと思う。。)

 

それもあるのですが、私の場合は「身振り手振り」というよりは「行動」で伝えてました。

例えば、ママがすごく料理が上手だったんですけど、最初は「おいしい」という事がうまく伝えられなかったんですよ。

だから、毎回絶対1人前以上食べるようにしていたんですね。ママがすごくいい人だったので、「それに応えたい」と思って、あれこれ工夫してました。

 

–優しい!でも、太っちゃいそうですね(汗)

はい、結局4ヶ月で6キロ巨大化してしまいましたので、気をつけた方がいいかもしれません(笑)

 

→【3/3次ページ】絵理奈さんを変えてくれたある出会い、そして留学後は再び世界へ!

 

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榎本 晋作
28歳の時にワーキングホリデーでイギリスに。ロンドンでは留学エージェントの立ち上げを経験。在英中に立ち上げた自身のブログは日本ブログ村PV(アクセス)ランキング1位。帰国後『イギリス・ワーホリ留学ガイドブック』を電子書籍にて出版し、Amazon海外留学対策ランキング1位を獲得。高3時点での英語の偏差値は32。(今でも苦手です。)