「人生のキーワードに出会ったカナダ(バンクーバー・キャンモア)留学」(嶋谷梨沙さんVol.2)
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■今回、取材させていただいた留学PERSON
留学体験談インタビューマガジン留学Person。
今回は、創刊号「大学時代のオーストラリア留学がきっかけで、人生の歯車が回りだしました」の記事で紹介させていただいた、嶋谷梨沙(しまたにりさ)さん(以下、梨沙さん)の第二弾記事です。
梨沙さんは、オーストラリアでの3週間の語学留学後、 日本で大学に戻り1年間アルバイトでお金を貯め、4回生の春に大学を休学しカナダのバンクーバーに半年、そしてキャンモアに3ヶ月留学します。
その留学期間中に、その後の人生のキーワードになる「チャリティーマラソン」や「ロハス(LOHAS)」に出会います。
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■ロハスとは:
LOHAS= Lifestyles of Health and Sustainability の頭文字をとった略語で、健康と環境、持続 可能な社会生活を心がける生活スタイル「LOHAS」ロハスのことです。
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今回は、大学を休学して 2回目の留学に行った梨沙さんのバンクーバーで、そしてキャンモアでのチャリティーランやロハスとの出会い、そしてその他、その後の人生に影響を及ぼすキーワードとの出会いについてご紹介します。
■「もう一度、留学に行こう!」と思いカナダ留学を決意!
カナダの父の日にバンクーバーで走った10キロマラソン。ちゃっかり3位入賞。
–まず、始めに梨沙さんがオーストラリア留学を終えてからの生活について教えていただけますか?
はい、日本に戻った後に「英語の単位を落としたからって絶望的だったけど、、私でも海外でもっと活躍できるかもしれない。一年後、もう一度、留学に行こう!」と思って1年間は普通に大学生をしつつ、アルバイトをしてお金を貯めました。
その後、大学を休学して、カナダに留学しました。期間は約1年あったのですが、最初の3ヶ月バンクーバーの後にどうするのかはその時の状況で決めようと思って出発しました。
何があるかわからなかったので、柔軟性の高い計画にして、「私なりに私のカナダでの過ごし方を見つけてみよう!」と言う気持ちが強かったです。
–留学先をカナダのバンクーバーに決められた理由は何かあったのですか?
これ、あまりいい発想ではないのかもしれないのですが、「バンクーバーには日本人も結構いるし安全かなぁ。」と思って。
ただ、途中から「やっぱ、日本人がいるとダメだなぁ。」と思うようになって、キャンモア行きを決めたのですが、最初は、留学先に日本人がいる事が私の中ではポイントでした。
–4回生という事は就活の時期ですよね?休学を決意された時に不安はありませんでした?
そうなんですよ、一応就活ってしなきゃいけない雰囲気あるじゃないですか。みんなリクルートスーツを買いだしたり、エントリーシートを記入し始めたり。
そんな流れで、私も、スーツを着て説明会に行ったりなどはしたのですが、特にそこに意味を見いだせなくて。。
休学する事自体には、実はそこまで大きな不安はありませんでした。記事的には「本当に不安でした〜。」とかの方がおもしろいですよね(笑)
–お気づかいありがとうございます(笑)大丈夫です、リアルにその時に思っていた事をお願いします。
もちろん、細かい不安として、同級生は卒業してしまうので、帰国後一緒に大学の授業に出る友達がいなくなったりとか、ノートを貸し合える友達もいなくなっちゃうので「あ〜、私帰国したら一人でやるのかなぁ。。」とかは思っていました。
そういうのもあって、単位だけはしっかりと取っておこうと思って、三回生の時は、単位を取るために勉強はがんばりました。試験前だけ勉強するのではなく、メリハリをつけて生活できるようになった気がします。
後は、ゼミの幹事長をやっていたので、 それも途中で抜けちゃうので大丈夫かなぁとか。
でも、就活とかも含めて、全部「うん、多分なんとかなるかなぁ」って思っていました。
–日本にいるうちは英語やその他、海外に関連する活動はされていたのですか?
はい、オーストラリア留学後に、「日本でも英語に触れなきゃいけない!」という意識が生まれはじめました。
なので、大学の英語が学べるコースを受講したり、国際交流センターや英語弁論サークルにも顔を出すようになったりとか、後少し英会話スクールにも行ったりしていました。
とにかく、英語を話せそうな所には顔を出すようにしていた感じです。無意識に「行かなきゃ!」という気持ちが生まれていたんだと思います。
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